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精神科の身体拘束は、死の危険を伴う

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(読売新聞・07/28)

 ニュージーランド人の男性が今年5月、神奈川県内の精神科病院で身体拘束されて心肺停止になり、救急搬送先で亡くなりました。拘束によって静脈内の血液が固まる静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)を起こし、その血栓が移動して肺動脈をふさぐ「肺塞栓」で死に至った可能性があると、搬送先の医師は遺族に説明しました(精神科病院側は、因果関係がないと主張)。

 長時間の拘束は、苦痛を与え、尊厳を傷つけるだけではありません。身体(とくに脚や腰)を動かせないことにより静脈血栓症、さらに肺梗塞を起こすリスクがあることは、すでに医学の常識です。

 今回のケースでは、(1)どうしても身体拘束をするしかない状態だったのか (2)入院直後から10日間も身体拘束を行う必要があったのか (3)身体拘束の間、血栓症の予防措置は十分に行われたのか (4)医療法に基づく医療事故調査(第三者を交えた院内調査)を病院が拒んでいるのは許されるのか――などが問題になっています。

 日本の精神科病院では、身体拘束がたいへん多く行われています。同様の死亡事例はほかにも起きています。安易な身体拘束が行われていないのか、厚生労働省と医療界は、早急に実態を調べ、そのあり方を考え直すべきです。


来日して英語を教えていた青年が……

 亡くなったのは、当時27歳のケリー・サベジさん。記者会見した遺族によると、2015年8月に来日して鹿児島県志布志市の小中学校で英語指導をしていました。双極性障害(そううつ病)があり、今春、調子を崩して神奈川県の兄の家に滞在中、暴れたことから4月30日、民間の精神科病院へ措置入院(行政命令による強制入院)になり、入院当初から身体拘束されました。5月10日に心肺停止で発見されて市立病院へ救急搬送されたものの、脳死に近い状態で、同月17日に死亡しました。転送された時、血液検査で血栓の発生を示すDダイマーという数値が高かったのですが、死後の病理解剖で血栓は見つからず、死因は確定しませんでした。


10年間で倍増


 精神科医療では、厚生労働省の精神保健福祉資料という調査があり、毎年6月30日時点の入院患者の状況などを、精神病床を持つ全病院から報告させています(通称「630調査」)。身体拘束と、保護室(内側から開けられない個室)などへ閉じ込める「隔離」の件数は、2003年から調査対象に加わりました。14年6月30日に身体拘束を受けていた患者は1万682人、隔離は1万94人。03年に比べて身体拘束は2.1倍、隔離も1.3倍になっています(=グラフ)。この調査は特定の1日だけの人数なので、年間に拘束・隔離を受ける患者数は、はるかに多くなります。

 身体拘束や隔離を少なくすることを目指した厚生労働科学研究班の提言(02年)を踏まえて04年度に診療報酬改定が行われ、強制入院に関する入院料を請求するには、行動制限最小化委員会を院内に設けて隔離・身体拘束の適切性を定期的に評価することが必要になりました。ところがその後、拘束・隔離は増え続けています。あるべき方向に逆行した状況と言わざるをえません。

 なぜ増えたのか。専門医たちに尋ねると、精神科の救急病棟や急性期病棟の増加、認知症による入院患者の増加といった推測が挙がりますが、精神科で重症の患者が増えたとは考えにくいし、認知症なら拘束してよいことにはならないはずで、介護施設では拘束=抑制は原則禁止です。強制入院の患者全員に一定期間の拘束や隔離をする傾向、少しの不穏や興奮でも拘束、隔離をする傾向が広がっているという見方もあります。いずれにせよ、きちんとした調査や分析は行われていません。



本来は例外的な手段

 精神保健福祉法では、身体拘束は、精神保健指定医の資格を持つ医師が診察して必要と認めた場合しかできません。厚労省の処遇基準は「制限の程度が強く、また、二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならない」とし、拘束を行う際は、患者本人に理由を知らせるよう努めることを求めています。

 そのうえで身体拘束の対象になりうる状態として次の3種類を示し、ほかに良い代替方法がない場合に行うとしています。3種類にあてはまらない場合は、拘束してはいけないわけです。また、隔離と同様に「制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならない」とも強調しています。

ア 自殺企図または自傷行為が著しく切迫している場合
イ 多動または不穏が顕著である場合
ウ ア・イのほか、精神障害のために、放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合
 今回、男性の遺族は「病院に着いた時点で本人は暴れていなかった。措置入院が決まり、保護室のベッドに寝るように指示された。本人は抵抗もせず、言われた通りにベッドに寝たのに、足、腰、手首を拘束された。拘束する必要はないのではと看護師に聞いたが、とりあえず拘束されるという返事だった」と説明しています。さて、拘束の必要はどこまであったのでしょうか。



血栓症の予防が必要


 精神科で身体拘束された患者が静脈血栓・肺梗塞で死亡した例は、日本でも1970年代から報告されています。日本総合病院精神医学会が06年に発表した「静脈血栓塞栓症予防指針」は、患者の身体状態などに加え、身体拘束と薬物による鎮静が血栓症のリスクを高めるとし、個々の患者のリスクを評価して対処するよう求めています。予防策としては、ベッドに寝かせきりの期間をできるだけ短くすることと積極的な運動、弾性ストッキング、脚に巻いた器具に空気を送り込み、圧迫したり緩めたりする間欠的空気圧迫法や薬物使用(低用量のヘパリン)を挙げています。

 日本精神科救急学会の「精神科救急医療ガイドライン」(2015年度版)では、身体拘束は、心理的副作用(不本意な状況や不自由に伴う感情的な苦痛)のほか、肺塞栓症、廃用症候群(手足の筋肉の衰えによる機能低下)、 褥瘡じょくそう (床ずれ)など、種々のリスクを伴うと指摘し、リスクに応じた適切な予防措置、注意深い観察、発生した場合の速やかな治療を求めています。

 また血栓の疑いがあれば、血液中のDダイマーを測定するよう求めていますが、「確定診断につながる造影CTや肺動脈造影などの検査は、多くの精神科医療機関で行うことはできない。より侵襲(注:身体に傷をつけたり影響を与えたりすること)が少ない超音波検査でさえも容易ではないため、各医療機関が試行錯誤しているのが現状である」とも述べています。

 多くの精神科病院では、十分な検査体制が整っていないまま、多数の身体拘束が行われているわけです。それでよいのでしょうか。命にかかわるリスクは患者や家族に説明して同意を得ているのでしょうか。精神科の患者の生命や尊厳は、軽く扱われていないでしょうか。

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