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薬物依存症治療のプロは清原和博のいまをこう見ている

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(現代ビジネス・07/19)

清原氏の驚くべき変貌

元プロ野球選手の清原和博氏が、昨年5月に執行猶予判決を受けてからはじめて、雑誌(『Number』)のインタビューに答えた。

その表紙には髪を七三に整え、紺色のスーツに涼しげな水色のネクタイを締め、すっきりと痩せた姿で登場し、誰もがその変貌に驚いたことだろう。

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かつての姿と言えば、丸々と太って黒光りしたスキンヘッドに、上下白のスーツ、ゴールドのネックレス。道ですれ違ったとすれば、正直誰もが目を合わせずに通り過ぎたいような、そんないで立ちだった。

人を見た目で判断してはいけないが、かつてのそんな姿の彼は、絵に描いたような「ワル」そのものであったし、逮捕されたときには誰もが驚きはしたが、その一方で「やっぱり」という感想も多く聞かれた。

しかし、今の彼のこの姿を見ると、誰もが「反省しているな」と感じることだろう。これはとても大事なことである。

もちろん、髪型や洋服を変えただけで立ち直れるほど、薬物は甘くない。しかし、彼自身、外からは見えない反省の気持ちを、このように自らの姿に表して、その決意表明をしているのである。

「薬物にはかなわない」が出発点

さて、インタビュー記事を読んでの感想であるが、まずとても真摯に率直に話をしているという印象を受けた。そして、そのあとの友人や後輩たちのインタビュー記事と併せて読み進むにつれ、何度も胸が熱くなった。

まず彼は、現在も週1回、専門病院での治療を受けていると語っている。これまでも芸能人が逮捕され、その治療の様子が報じられることもたびたびあったが、正直首を傾げるような内容のものが少なくなかった。

しかし、文面から判断するに、清原氏が受けている治療は、きちんとした適切な治療プログラムであるように判断できる。

内容としては、薬物依存症に対する心理教育、薬物欲求への対処スキル、周囲のサポートの活用、孤独や不安などネガティブ感情への対処、薬物に対する認知の変容、罪悪感への焦点づけ、定期的な尿検査などが紹介されているが、どれも重要な治療要素である。

現在日本中の刑務所では、薬物受刑者を対象に「日本版マトリックス・プログラム(J-MAT)」というものを実施している。

これは認知行動療法という心理療法に基づいたエビデンスのある治療プログラムであるが、元来、米国で開発された最先端のプログラムを元に、私自身が開発したものである。

清原氏が受けている治療プログラムは、このJ-MATとほぼ同じような構成であるように見受けられた。

そして、何よりも重要なことは、彼自身が治療内容を咀嚼し、十分に理解したうえで実践している様子がうかがえたことである。インタビューの中では、自分が受けている治療内容を適切に理解したうえで紹介し、自分自身の受け止め方などを、とても的確に話していた。

さらに、これまで球界の大スター、球界の番長として、豪快なタフガイのイメージに彩られてきた彼が、自分の弱さを認め、それを率直に向き合って、心情を素直に吐露している様子が特に印象的だった。

薬物依存症の治療は、自分が薬物に負けたことを認めることから始まると言っても過言ではない。「いつでもやめられる」と言っているうちは駄目で、逆説的ではあるが、「自分は薬物にはかなわない」と認めて初めて、薬物に打ち克つことができるのだ。


依存症のメカニズム

清原氏は、薬物を使い始めたきっかけとして、引退後の空虚感や不安を挙げている。

「死んでもいい」と思うほど、命を賭けて野球一筋であったこと、何度もの怪我や手術を乗り越えてきたこと、そして引退をしたときに、それらがすべて過去のものとなり、底なし沼のような虚脱感、不安、孤独に襲われたこと――。

こうした気持ちから逃れるために覚せい剤に手を出したということであるが、実は薬物依存になる人の大半は、同じような心理的メカニズムを有している。

依存症について、有名なラットの実験がある。

水が入った2本のボトルを備え付けた檻の中に、ラットを1匹入れる。一方のボトルは普通の水であるが、もう1本にはヘロインを溶かしてある。最初ラットは、どちらのボトルからも水を飲むが、すぐにヘロイン入りの水を選んで飲むようになり、たちまちヘロイン依存症になってしまった。

今度は同じように2種類のボトルを用意し、もっと大きな檻に取り付ける。そして、檻の中にはほかに、たくさんの遊具を用意し、ここに20匹のラットを入れる。すると何が起こったか。

ラットはヘロインには見向きもせず、餌を食べたり、遊んだり、メスのラットをめぐって喧嘩をしたり、交尾をしたり、こうした仲間との活動に勤しんだ。もちろん、中にはヘロイン入りの水を飲んだラットもいる。

しかし、ヘロイン依存症にはならなかった。驚くべきことに、ヘロイン依存症になったラットをこの檻に入れると、このラットも仲間との活動や遊びなどに熱中し、ヘロインに見向きもしなくなった。

この実験で何がわかったか。ヘロインはそれ自体で強力な依存性を持つ薬物であるが、ラットが依存症になってしまうのは、ヘロイン単独の作用だけではなく、そこに孤独や退屈という要因が加わっていたということだ。

これは人間にも当てはまる。周りの人とのつながりを持ち、意味のある活動をしている人は、薬物の誘惑があっても、そもそも見向きもしないし、依存症にもなりにくい。

つまり、「依存症(アディクション)」の反対語は、「断薬」でも「強い意志」でもなく、「つながり(コネクション)」だということだ。

薬物依存のみならず、酒、ギャンブル、買い物、ネットゲーム、セックス、こうした「依存症」に陥るのは、コミュニケーションが下手で、人とうまくつながることができないうえ、孤独や不安などネガティブ感情にとても弱い人が多い。しかも、彼らはそうした感情に対処するための方法のレパートリーが極端に少ない。

たとえば、誰だって落ち込んだり、不安になったりするが、そうしたときには「コネクション」が救ってくれるし、無意識のうちにいろいろな対処(これをコーピングという)をしているものである。誰かに相談をする、美味しいものを食べる、カラオケに行く、風呂にゆっくり入って早目に寝るなど、対処はいくらでもある。

おそらく、清原氏の場合、かつては野球でのストレスを野球で晴らすという、ストイックな彼ゆえのネガティブ感情の晴らし方をしていたのであろう。

しかし、引退をしてぽっかりと大きな穴が開いてしまったとき、もはや野球は救いにはならない。その奈落のような深くて黒い底なしの穴を前にして、「孤独の檻」の中で救いを求めたものが、覚せい剤しかなかったとしたら、それはあまりに悲しいことである。


コネクション、コーピング・スキル、引き金


ここから、依存症治療への道が見えてくる。1つはコネクションを増やすことである。治療者とのコネクション、家族や友人とのコネクション、さらに同じように薬物依存を克服しようとしている仲間とのコネクションだ。

そして、薬物に頼らずに、ネガティブ感情に対処するためのコーピング・スキルを身に付けることである。さらに、薬物への欲求が頭をもたげたときに、我慢するのではなく、それに効果的に対処するための数々のコーピング・スキルも覚えることだ。

たとえば、あらかじめ手首に輪ゴムをつけておき、薬物のことを考え始めたら、「輪ゴムパッチン」をして、15分間何かに集中する。電話をかける、風呂に入る、食事をするなど、それをあらかじめ考えておいて実践する。なぜ15分かというと、生理学的に薬物渇望は15分経つと消え去るからだ。

ほかにも、薬物使用の「引き金」となるものをリストアップして、それを生活の中から排除したり、別のものに置き換えたりする作業も重要だ。

覚せい剤の引き金は、薬物仲間やネガティブ感情が最大のものであるが、依存が進むにつれ、特定の場所、時間、物が薬物使用と結びついて、引き金になりやすくなる。

いつも夜一人の時間に、ホテルの一室で、飲酒しながら薬物を使用していたのなら、夜、一人の時間、ホテル、飲酒、これらはいずれも避けなければならない危険な「引き金」である。これらをどう排除し、どう対処するかを治療のなかで学習していく。

こうしたことをパッケージにして治療するのが、認知行動療法「マトリックス・プログラム」の主な内容であり、おそらく清原氏が受けている治療プログラムも類似のものだと思われる。


2つの不安材料

こうした治療を地道に続けていけば、コネクションは広がり、断薬を続けることができるだろう。しかし、もちろん不安材料がないわけではない。

まず、言うまでもなく人間とラットは違う。「孤独な檻」に入れられても、人間はネズミと違って、誰もが依存症になるわけではない。それは、人間の行動は「認知」に左右される場面が大きいからだ。

認知とは、判断、解釈、理解など、「物事のとらえ方」をいう。同じ孤独という状況でも、それを苦役のように認知する人もいれば、孤独を楽しむ認知の人もいる。また、覚せい剤についても、それに「興味がある」「1回くらい試してみたい」という認知の人もいれば、「絶対ダメ」「恐い」「おそろしい」という認知の人もいる。

薬物使用に関しては、言うまでもなく、薬物に対する認知がその人の行動を左右する。大多数の人は、いくら孤独で不安であっても、覚せい剤に救いを求めない。そのような認知を有しないからだ。

しかし、違法薬物を「良し」とするような「反社会的な認知」があれば、心理的抵抗なく手を出してしまうだろう。

「反社会的認知」には、ほかにも多様なものがある。

暴力を容認する認知、ルールや法律違反を許容する認知、反社会的な人々との交際を求める認知、入れ墨など裏社会の「文化」に憧れる認知、これらはみな反社会的認知であるが、こうした認知を清原氏は有していなかっただろうか。

そして、彼がそれをまだ持ち続けている限り、時間がたてばまた反社会的なつながりを求め、早晩薬物にも手を出してしまうだろう。

先に薬物に手を出す人の心理的メカニズムとして、ネガティブ感情の役割を述べたが、それと並んで大きな要因は、このような反社会的認知と反社会的な人々とのつながりである。これらを修正し、反社会的な交際などは一切断ち切らなければならない。それができるだろうか。

もう1つの懸念材料は、治療はいつまでも続かないということである。現在は病院に通っていても、治療は早晩終わる。実は、そこから本当の戦いが始まる。

現在清原氏は、外に出るのは病院と自宅の往復のみで、ほとんど家にこもったままの状態とのことであるが、いつまでもそのような生活はできないし、何より不健康である。この先、仕事を始めるかもしれないし、友達付き合いもあるだろう。そうすると誘惑も増えていくかもしれない。

そのような場合に備えて、何らかの形で治療を継続していくことが必須である。

一番望ましいのは、自助グループに参加することだ。幸い、日本にはダルクをはじめ、薬物依存者のための自助グループが活発に活動している。

有名人であれば敷居は高いかもしれないが、こうしたグループに参加して、薬物をやめるために努力を積み重ねている仲間との「コネクション」を作ることは大きな治療的意義がある。


その先にある未来

逮捕されたり、生活が破綻したりすると、それを契機にして薬とはきっぱりと手を切ろうと思うのは自然なことである。しかし、言うまでもなく、難しいのはそのモチベーションを維持し、断薬を継続することだ。

ヘビースモーカーだったマーク・トゥエインは、「禁煙なんて簡単だ。これまで100回以上禁煙した」と言ったというが、まさにこのことが「禁煙の難しさ」を端的に表している。やめることは簡単だが、やめ続けることはものすごく難しいということである。清原氏は、まだその入り口に立ったばかりである。

治療の先の未来を確かなものにするために、何かアドバイスできるとしたら、私は次の2つを提案したい。

1つは、何か「自信を高められること」を見つけて、継続してほしいということだ。覚せい剤乱用、離婚、逮捕など一連の出来事のなかで、おそらく自分自身やこれまで自分が築き上げてきたものへの自信が大きく損なわれているだろう。

もう一度誇れる自分を取り戻していってほしい。そのために、小さなことでもいいので、毎日継続することによって、自信につながるようなことを見つけて実践してほしい。

2つ目は、「人生の目標」の再設定にとりかかってほしい。1ヵ月後、半年後、1年後、5年後、そして10年後にどのような自分になっていたいかという「人生の目標」をできるだけ具体的に設定し、書き留めてほしい。

具体的な目標があると、それに向けて具体的な行動が取れるようになる。覚せい剤をやめることは、その手段の1つでしかない。大事なことは、薬をやめてどんな人生を送りたいかということである。

私はこれまで数多くの薬物依存症患者と会ってきたし、今も彼らの治療を続けている。その中で、常に心に留めていることは、「どんな人でも必ず立ち直れる」という信念である。

こちらが疑念を抱いていたり、あきらめていたりすると、治る人も治らなくなってしまう。どんなに依存が進んでいても、モチベーションが低くても、反抗的であっても、「必ず立ち直れる」と信じないと、治療は始まらない。

私は「清原和博は必ず立ち直る」と信じている。

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