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「病院が患者を支配」引きこもり当事者が見た精神医療の歪み

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(Yahoo!ニュース「DIAMONDonline」・07/13)

● 絶対的権力を持つ母親、 引きこもるきっかけは家族問題

 「患者が精神医療に対して物申す場は必要である」

 長年、精神科の患者の立場から、今の精神医療のあり方を社会に発信しようとしている人がいる。

 ぼそっと池井多さん(ペンネーム・55歳)は、偶数月に都内で開催されている対話の場「ひきこもりフューチャーセッション庵―IORI―」で二度にわたり、「そうじゃないってば、先生!」というテーマのテーブルを持った。

 大学生活までは、世間から見ると「順風万帆」だった。ぼそっとさんは、中高一貫校から親の希望する大学に入り、大企業から内定も得ていた。

 ところが、入社式の直前になって身体が動かなくなった。

 ある商社では3次面接まで通過し、最終面接の直前で面接を受けることができずに、ビルの傍らのカフェに飛び込んだ。結局、日本の社会に入っていくことはできずに就職を諦め、「死に場所を求めて」アフリカに渡った。

 30歳直前になって帰国。英語とフランス語を話せるため、しばらくは「海外ジャーナリスト」として活動した。著書を2冊出版。副業で家庭教師もこなした。

 「でも、私には国際情勢のことよりも、切羽詰った魂の問題が色々あったんです」

 本格的に「がっちりと」引きこもったのは、30歳代になってからだ。本人は「20代は“外こもり”、30代は“内こもり”と話す。もともと引きこもり気質があるところに、1995年の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件などのショックが引き金となった。うつで身体が動かなくなり、仕事も次第に受注できなくなった。

 引きこもっている間に、フロイトを読み、自分の精神疾患のメカニズムを解明した。引きこもった背景には、うつと強迫性障害があることを知り、家族の問題があることを突き止めた。

 「母親の子どもへの関係がおかしいと子どもは精神疾患を持つ、というパターンです」

 ぼそっとさんの母親は高学歴、父親が低学歴。家庭では母親が絶対的な権力を持っている構図だった。

 「母親が子どもに陰湿な虐待をしても、父親が声を上げられない環境でした。それは、母親1人の責任いうわけではなく、弟を含めた4人家族のネットワークが生み出す歪みが私一人に集中し、精神症状として現れていたのでしょう」

 ぼそっとさんは、都内の精神医療機関にかかった。家族を治療につなげれば、自分のうつも治って、また働けるようになると思っていた。

● 精神医療機関は患者を治した という実績がほしかっただけ

 ところが、目算は狂った。

 「十数年間、この精神医療機関に通ってきて、ようやくわかってきたのが、専門家の間で話題になっているような、稀少な症例を持っている患者は、治療者によって丁寧に治療される。でも、私みたいに、ただの“引きこもり”とか“うつ”とか言っている患者はつまらない症例としてまともに向かい合ってもらえないということでした」

 ぼそっとさんによると、この精神医療機関に付属している患者団体の事務局員として、都合よく無償ボランティアの人手として使われるものの、いつまで経っても肝心な治療は、順番が回ってこなかったのだという。「治せないなら『治せない』と、あるいは『あといくらお金が要る』ということをちゃんと早めに言うのが、医療に求められるインフォームド・コンセントであるはずだという。

 「集団療法(患者たちが治療者の周りに集まってミーティングする)といっても、治療者は『診察』と称して個々の患者と一対一の時間をつくる。そこで、あっちの患者にはああ言い、こっちの患者にはこう言い、ということをして患者たちの対抗心を煽り分断統治するのです。こうして治療共同体には患者階級が生まれ、精神療法が政治の場になっています」

 その後、ぼそっとさんは、この医療機関の患者団体代表をメール1本で一方的に更迭された。

 「いきなり治療者の都合で追い出されて、それまでの無償ボランティアの貢献は鼻も引っかけられない。今までの治療生活は何だったのか。そのときに、これまでにも(同じ立場に追いやられて)自殺した患者の方々がいたことを思い出して、これは私にも”死ね”ってことなのだなと、頭をよぎったんです」

 ただ、ぼそっとさんは「あえて前に進めるため」、この医療機関と患者団体に留まった。


 「精神医療の現場においてはすべての患者も、そして治療者も人間的に平等である。この一番大事なことが、私のいた“治療共同体”では守られていない。治療者主体の医療になっていて、古代の王様と奴隷の関係で上から決め付けてくる。治療者が病気をつくり出している部分もあるのではないか。こういう日本の精神医療の闇を、社会に問いたいと思ったのです」

 2013年、自ら「ぼそっとプロジェクト」という当事者グループを立ち上げた。

 「これまで医療機関からの対外的な発表は、患者の生の声ではなく、治療者の都合のいいように編集や改変をされたくないようでした。それどころか治療者は特定の患者には“訴えをねつ造してもいい”とまで言っていました。治療者が患者に言わせている声ではなく、たとえ玉石混淆であっても、患者・当事者が自ら社会へ発信する必要があると思ったんです」


● 患者が精神医療に対して 物申す場は絶対に必要

 昨年、当事者たちが「ひきこもり新聞」を創刊したというニュースを知って、編集部に駆けつけた。

 「当事者が声を上げる。これだ!主旨としては同じだって思ったんです」

 ぼそっとさんが「庵」で、「そうじゃないってば、先生!」というテーマのテーブルを持ったのも、他の人たちの精神医療への問題意識を知りたかったからだという。

 「私の問題意識が、どれくらい一般性があるのかということを確認したかったのです。皆さんの問題意識の矛先は、投薬の是非から主治医との関係性の問題まで複雑多岐にわたるけど、総じて言えるのは、患者の立場から精神医療に物申す場が、どこかに必要であるということでした」 

 この庵のやりとりからスピンオフして「ひきこもりと精神医療を考える会」という勉強会も始まった。

 ぼそっとさんは今後も引き続き、庵などの場を使って問題提起を続けていく予定だ。

 (ジャーナリスト 池上正樹)

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