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子どもの「精神障害」はかなり誤解されている

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(Yahoo!ニュース「東洋経済ONLINE」・07/03)

児童精神科医の滝川一廣さんが3月に出した『子どものための精神医学』が話題だ。帯に“素手で読める児童精神医学の「基本書」”とあるが、編集を担当した医学書院の白石正明さんによると、親のほか、養護教員や学童保育指導員などが手に取っている。

40年を超える臨床経験と、この間、大きく研究が進んだ児童精神医学を踏まえて、平易な言葉で、子どもの発達とはなにかを「根本から説き起こす」ことを目的にしたという。

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■診断とはそもそも何か? 

 ――本書は精神医学の歴史から始まります。身体の医学は太古の昔に始まったが、精神医学は近代の合理的な人間観の確立後に生まれたと。身体の医学は自然科学であって、個人の身体の中で完結する。しかし、精神医学は自然科学に収まらず、共同性・関係性の視野の中でとらえると。

 でも、たとえば子どもが「発達障害」だと診断されたとき、多くの親は身体のお医者様の診断と、児童精神科のお医者様の診断は違うものだとは考えないのではないでしょうか。

 診断とは何かということです。医師が風邪と診断するのは、自然科学です。疾患が起きている体の場所、起きる仕組み、病気の原因が共通しているとき、同じ種類の病気だと診断できる。

 しかし精神障害は、外から見たその子の行動の特徴を分類し、引き出しに入れることにすぎません。自閉症の引き出しに入る、あるいは知的障害の引き出しに入ると。精神障害の診断は医学的診断ではありません。社会的判断です。


 ――診断がくだれば、皆、同じ治療で治るわけではないということですね。

 本の冒頭にある、「認識の発達」水準を縦軸に、「関係の発達」水準を横軸に取った座標が目に飛び込んできます。

 A領域:知的障害、B領域:自閉症、C領域:アスペルガー症候群、T領域:定型発達と表示されています。しかし、線で明確に区分されているわけではありません。

 人間の赤ちゃんが見知らぬ新しい世界を知っていくのが「認識の発達」。世界に働きかけ、働きかけられる関係性を育んでいくのが「関係の発達」。これがXとYの座標軸として置かれます。そして両者が相互に支え合い、子どもは成長していくという、発達を示した図ですね。この図は滝川さんのオリジナルですか。

ええ、そうです。こうすることで、この子は認識に課題をもつ知的障害、この子は自閉症、と分けるのではなくて、定型発達も含めてひとつながりだということが見て取れます。

■子どもには「ばらつき」がある

――私たちはいつの間にか、子どもというのは、どの子も似たような存在で、成長は一直線上にあるようなイメージを持っています。でもこの図は、子どもにはばらつきがあることを思い出させてくれます。地図のようで、思わずわが子や自分がどこにいるのだろうかと探したくなります。

 子どもには、生まれたときが最もばらつきがある。それが、成長の過程で、精神発達を遂げた大人たちや環境に働きかけ、働きかけられ、認知と関係性をそれぞれ発達させ、その社会と文化を生きることができる存在へと育っていきます。

 ――精神障害は、社会や文化の変化の中で発見されてきたのですね。

 昔から「知恵遅れ」とか「白痴」という言葉があり、理解や判断力が落ちている人がいることはわかっていました。しかし、知的障害がクローズアップされたのは、19世紀に近代学校教育が始まってからです。

 また、関係の発達の課題が発見されるのは1943年。アメリカの児童精神科医のカナーが自閉症を報告してからです。それまで関係性発達障害は問題になりませんでした。


 ――知的障害、自閉症スペクトラム、学習障害、ADHDなど、多様なものと考えてしまう。でも、本書では精神障害とは「人とのかかわりにおける、なんらかの直接的な困難な苦しみとして現れるとする」と規定しています。

 昔のほうが大人として身に付けなければいけない力は単純でした。生産活動が何より重要で、生きることで精いっぱい。それに必死にならないと、飢饉が起きた。生産活動に直接関係しない対人能力や社会性は、一部の人以外、それほど重要ではありませんでした。

 子どもたちについても、今ほど手をかけなくても育てることができた面がある。畑仕事に連れて行って、寝かせておいたり、遊ばせたり、手伝いをさせたり。大人の生活圏と子どもの生活圏も今ほど分かれていませんでした。

 子どもたちはその中で14~15歳になれば大人としてやっていけた。性的に成熟すれば、そのまま大人になれた。

 ところが戦後、中学が義務教育となり、子ども期が15歳まで延びました。さらに、1970年代になり9割以上のティーンが高校に行くようになり、子ども期はさらに18歳まで延びました。大人の生活圏と、子どもの生活圏は分けられました。

 性的に成熟しても社会的には大人になれない。そこから、思春期問題が始まりました。

 日本で思春期研究の本が初めて書かれたのが、1972年です。私が児童精神科医として働き始めたのは1975年ですが、このころは思春期に関する論文が花盛りでした。私が最初に書いた論文は摂食障害についてです。

■人の孤立が進んでいる

――産業の変化とともに、生活の場が人々の暮らしの共同体ではなくなった。人の孤立が進んでいます。

 子育ては昔に比べ手厚くなっています。手薄な子育てより、手厚いにこしたことはありませんが、親が孤立して、狭い世界の中で子育てが行われている。親が何らかの形で、力を失えば、一気に手厚い子育ては不利になります。それが今、虐待と呼ばれるものではないでしょうか。


 ――実は自閉症と言われたり、知的障害と言われたりする、発達の遅れた子どもたちはそうではない子どもたちに比べ、不安や緊張の高い、孤独な世界を生きていると本書は指摘します。私たちは意味や約束を通して、この世界をほかの人々と分かち合い、職場の世界、家族の世界、友だちの世界、それぞれ意味が異なる何層もの世界を行き来している。ところが、認識の発達の遅れは、人々のもつ共同の世界へ参入を難しくする。子どもたちの逸脱や問題行動のわけを探っていくと不安や緊張の問題に行き当たると。

 社会の側からみているとわからないかもしれませんが、知的に低ければそれだけ孤独です。孤独では生きていけない。

 診断名がつかないから様子を見ましょうというのではなく、発達分布図の、今どの辺りをその子どもが歩いているのかを知り、遅れているところを支え、伸ばすことに留意した子育てのかかわりをさっそく始めてほしい。1回限りの人生ですから。


■虐待を防ぐには孤独に育つ子どもを減らすことが重要

――私は子どもを虐待死させる親たちの取材をしてきました。こうした親の子ども時代は本当に孤独です。人を信じる力も弱い。

 そうでしょう。いかに孤独に育つ子どもを減らしていくかが、虐待を防いでいくことになると思います。人を信じる力を育てるには、実際に人とかかわらなければ。人とかかわって安心する、助かったという体験を重ねて、初めて人とかかわる力が出てくる。

 もともと子育ては、大変な仕事です。親がうまく育てられなかったり、子どもがちょっと育ちにくいハンディを持っていたり。ゆとりを持って子育てをする生活基盤が脆弱だったり。子育てがうまくいかないのは、親だけの責任ではないということがみえにくい。

 子育てが大変な赤ちゃんはいくらでもいます。なかなか泣きやまない赤ちゃんとか、ミルクを飲ませてもすぐ吐いてしまう赤ちゃんはいっぱいいる。

 生活基盤にゆとりがあれば、子どもが夜泣きをしても根気強くかかわり続けることができます。トイレトレーニングもじっくりかかわれる。でも、いくつかの悪条件が重なると、どうしていいかわからなくて、赤ちゃんをたたいてしまったり、揺すぶってしまうということが起きます。

 人とかかわれない不幸を「虐待」と名付けてバッシングするだけではダメなんですね。

 ――「貧困・格差の一定以上の解消をはかる政治的、経済的な施策なくしては、いかなる『先進的』な(虐待)防止対策も焼け石に水かもしれない」と書いていますね。滝川さんは虐待防止法以前、1980年代には児童相談所に勤務する児童精神科医でした。

 摘発型の虐待防止では、子育ての失調は防げない。当時、イライラして、赤ちゃんの指をかみ切ってしまったお母さんがいた。今だったら、すぐに虐待だと判断されて、子どもは取り上げられてしまう。でも、この時は親子関係の失調として、その間を取り持つ支援をしました。子どもを分離せずに育てることができました。

 今は虐待という言葉が一般的になり、一方的に親が悪いというイメージが広がりました。親である以上、子どもをしっかり育てなければという圧力はとても強い。愛情と責任さえあれば、子どもは育つという一種の思い込みがあります。うまく育たないと、愛情か責任感に欠けた親だと言って責める。

 虐待という言葉はよくないです。虐待と名付けるとその家族を否定的に見る。あなたは悪いことをしているというまなざしの中で家族統合といってもうまくいかない。

 でも、子どもはそれぞれ違っていて、同じように育てれば同じように育つというわけではないのです。また、こういう人生が幸福だという模範解答はない。それぞれに与えられた条件があり、それぞれの子どもが持っている力があり、親の置かれている条件がある。

 そのなかで、今、この子はこれ以上頑張るのは難しいとか、この子なら背中を押してあげれば立てそうだとかということがあります。何がいいかはそのときどきで変わる。その判断を全部親がしなければいけないというのも大変なことですね。

 だからこそ、親一人の子育てには無理があるということです。『子どものための精神医学』は、分類して、この子育てが正しいと白黒つけて安心するための本ではなく、白と黒の間を埋めていくための本です。

■サポートがあれば、なんとかしのいでいける

――どのような社会的な支援があるといいのでしょうか。

 妊娠した時から全員に専門家がかかわり始めるサポートがあるといいと思う。抱っこが下手でもサポートがあれば、なんとかしのいでいける。大丈夫な親子から手放していけばいい。こじれてから支援をするよりも、費用対効果としてもずっといいのではないかと思います。

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