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奇形の顔「受け入れられない」…家族が手術拒否、ミルク飲めず赤ちゃん餓死

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この記事は、私にとって、ショックと同時に考えさせられる記事だったので、シェアも一つですが、赤ちゃんを生かしてあげられる世の中、社会を目指すべきだではないかとは思いました。


(Yahoo!ニュース「読売新聞」・11/05)

小児外科医 松永正訓
 医師として関わってきた多くの子どもの中には、忘れられない子が何人もいます。
その中で、最悪の記憶として残っている赤ちゃんがいます。
前回のコラムで、障害児の受容は簡単ではないと言いましたが、それが「死」という形になった子がいました。


手術すれば、きれいに治すことができるのに…

 産科から小児外科に連絡が来ました。先天性食道閉鎖症の赤ちゃんが生まれたのです。食道閉鎖とは文字通り食道が途中で閉じている先天奇形です。
当然のことながら、ミルクは一滴も飲めませんから、生まれてすぐに手術をする必要があります。食道は胸の中にありますので、赤ちゃんの胸を開く、難易度の高い手術です。


 そして、赤ちゃんの奇形は食道閉鎖だけではありませんでした。
口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)という奇形があったのです。
口唇裂とは上唇が鼻まで裂けていることです。
口蓋裂とは口腔と鼻腔を隔てている上あごが裂けていて、口と鼻の中がつながっている状態です。
口唇口蓋裂は、形成外科の先生が何度か手術をすることで、最終的には機能だけでなく、美容の面でもきれいに治すことができます。


 私は赤ちゃんの家族に食道閉鎖の説明をし、手術承諾書をもらおうとしました。
ところが、家族は手術を拒否しました。
赤ちゃんの顔を受け入れられないと言うのです。
私は驚き慌てて、どうしても手術が必要なこと、時間の猶予がないことを懸命に説明しました。
ところが家族の態度は頑として変わりません。


児童相談所に通報したが「先生たちで解決してください」

 何とかしないと大変なことになります。
とにかく時間がない。
産科の先生たちを交えて繰り返し説得しても、効果はありませんでした。
私は最後の手段として、児童相談所(児相)に通報しました。
児相の職員たちは、聞いたことのない病名にかなり戸惑っている様子でしたが、その日のうちに、3人の職員が病院を訪れてくれました。
私は両親の親権を制限してもらい、その間に手術をしようと考えたのでした。


 児相の職員と赤ちゃんの家族で話し合いがもたれました。
私はその話し合いが終わるのを、ジリジリしながら会議室の前で待ちました。

 話し合いは不調に終わりました。
児相の説得も失敗したのです。
では、「親権の制限はできますか」と職員に尋ねると、彼らは首を横に振って「あとは先生たちで解決してください」と言って病院を去りました。


家族は姿を現さなくなり…こんなことがあってもいいのか

 ここから先、何ひとつ話は進展しませんでした。
赤ちゃんには点滴が入れられていましたから、最低限の水分は体内に入ります。
しかし、ミルクを一滴も飲んでいませんから、日ごとに赤ちゃんの体は衰えていきます。
やがて、家族は面会にも姿を現さなくなりました。


 児相の人たちの判断は、あれで正しかったのか。
警察に通報した方がいいのか。
いや、警察は何もしてくれないだろう。
21世紀の現代にこんなことがあってもいいのか……と私は暗澹(あんたん)たる思いでした。


 もうあとは、餓死するだけです。
小児外科と産科で話し合い、結局赤ちゃんは産科の新生児室で診ることになりました。
したがって、私は直接赤ちゃんの最後の日々を目にしていません。
のちに聞いた話では、一人の産科医が、時間さえあれば赤ちゃんのそばに寄り添っていたそうです。


赤ちゃんが亡くなった後、問題意識の広がりもなく…

 赤ちゃんが亡くなった後、病棟にはいつもと変わらない日常の風景が戻っていました。
私にはそれが不満でした。
これは小児外科や産科だけの問題ではない。
家族が手術を拒否した時に、どう対応するかを病院全体で話し合うべき問題だと思ったのです。
しかし、そういう問題意識の広がりはありませんでした。
考えたくはありませんが、もしや医師の中にも、手術を拒否した家族に共感した人がいた、ということはないでしょうか?


 私は今になって思います。
もっと別な方法はなかったのだろうかと。
たとえば、障害とともに生きている子どもとか、先天性の病気を治して生きている子どもやその親たちを実際に見てもらえば、赤ちゃんの家族も手術を受けさせる気になったのではないか。
この赤ちゃんの一件は、私の心の中にずっと暗い影を落としています。生涯忘れることはないでしょう。


松永正訓(まつなが・ただし)
 1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。
『運命の子 トリソミー  短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)など

引用元https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171105-00010000-yomidr-sctch&p=1
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