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プロフィール②

蓮

病歴状況

発病日:平成25年8月頃  初診日:平成25年8月28日

●受診していない(平成25年8月頃~平成25年8月27日)

 仕事は、福岡で電気の監理技術者として、電機計装メーカーに転職して半年が経ったころである。42歳の頃であった。

平成25年8月初旬から幻聴、幻覚、霊視が頻繁に起こり、不眠が続くようになる。

主に、刻み込まれた映像が次々に脳裏に映し出され、宇宙の構造、自然から学べ、見よ、前世との繋がり、過去も現在も未来も動いている等の教えが睡眠時に行われた。

また、四六時中、常に監視され、教育されている感覚があった。監視・教育者は、原子から目を自由に創ることが可能の様で、体内にも入ってきて監視のチェックがなされている感覚があり、自分を操る事も容易な状況だと感じた。

数年前は、恐怖、気味悪さを感じていたが、徐々に脳や神経、細胞に至っては、順応していている感覚があり、身を委ねていた。

しかし次第に、身体的、精神的にも適応出来なく不安定になり、会社も私生活にも支障をきたし始めた。具体的には、体力が落ち、疲れ易く、会社でも家でも話が出来きない状態になり、少時間でも横になりたい、起きているのが辛い状態になっていた。



 8月16日、勤務中に手足のしびれ、震え、硬直が起きる異変があった為、会社から暇をもらった。病院に行く予定であったが、気付いたら縁のある神社に向かっている自分がいた。

19日、会社の朝礼で祝詞を上げ、周りを困惑させた。この時は、会社の状況や場を一転させたい祈願の想いがあった。

20日から、頭痛、目まい、吐き気が酷くなり、福岡の脳神経外科医院にてMRI等検査を受けたが異常は見られなかった。

この頃、「自分の命は、後1週間くらいしか持たない」と死期を感じ、遺言を残そうと周囲に告げた。

上司は、「遺言等を託されたくない、馬鹿な事を言うな、正気に戻れ」と怒鳴り、24日、上司等が家に来て妻と話する事になった。

 結果として、妻は今後の進展を上司に委ねる事にし、自分は一週間休みを取る事になった。

そして、上司の勧めもあり、私が今まで縁を作った神社のお礼参りを兼ね成就して廻ることにし、改善を試みる事にした。

しかし、妄想、幻聴、幻覚、霊視は止まらず、今、自分は生きているのか死んでいるのかさえも分からない、妄想等の状態は激しく、現実風景と交差し、神憑っている状況だと感じ、精神的にも肉体的にも限界を感じた。

神社の御神籤で「父母に相談し、医者を求めよ」との勧めもあり、27日、両親に話した上で、上司に連絡を入れ精神病院に行くことを決めた。



●福岡の病院(平成25年8月28日~平成26年1月20日)

 8月28日、上司の勧めで精神科の宮崎先生を紹介され受診した。少なくとも3カ月は休養が必要と診断され、9月2日より入院。実際は、平成26年1月20日までの5カ月間入院することとなった。

入院中は、薬物療法、カウンセリングで妄想、幻覚、霊視状態は弱まったが、倦怠感、疲労感は常にあり、行動意欲も低下していった。

幻聴は、生霊の腹の声「邪魔をするな、治せるもんなら治してみろ」、「殺すぞ」、「頭悪りぃな」等の挑発的な声が四方八方から聞こえ、以前は除霊して消し去っていたが、振り払っても限がなく、体力の限界を感じ、身体の消耗を恐れ諦めた。

対処法として、あまり関わり合わない様に、聞こえないふりをして過ごしていたが、この頃から、人と接するのが苦手となり個室に引きこもりがちになった。

平成25年12月頃、家庭では離婚の話があり、会社からは、平成26年4月から復職するよう促された。

平成26年1月、離婚に応じる一方、再起を願い復職を目指すため実家延岡にて自宅療養することにし、同月20日退院の運びとなった。




●福岡の病院(平成26年1月21日~平成26年4月20日)

 退院後は、同院に月1回延岡から福岡へ通院した。

 この頃は、体力をつけるため朝夕5kmの散歩を試みていたが、雨など気圧の変化が生じると、体調を崩し、意欲の低下で寝たきりになることが度々起きた。

意欲的に頑張ろうとすればするほど、倦怠感と意欲低下の状態を繰り返し、寝込むようになった。

3月中旬になっても状況は好転しなかったため、上司に相談し、治療に専念したい旨を伝え、3月20日退職することとなった。

退職を決断したことにより、福岡の病院の宮崎先生から、「福岡に戻って治療することより実家の延岡から通える病院を探したほうが良いのではないか」と勧められ、転院先を見つけることにした。



●田中病院(平成26年4月21日~平成27年3月30日)

 延岡市より委託された相談員を通じ、宮崎県北地域の専門医を探していたところ、退社した会社の上司が門川氏と田中氏であった事に気付き、導きを感じ門川町の田中病院に問い合わせる事にした。

始めは、グループホームの入居を希望していたが、4月21日同院を受診し、相談員を通じ同病院内の自立訓練施設に5月26日入居する運びとなった。

更に、同施設に同姓同名の人物と居合わせたり、偶然(数字の語呂、名前や記憶の一致)が重なっていった事で、以前の妄想等の記憶が蘇り、導かれているレールを踏み外してはいないと感じ、神の存在を信じた。

12月頃まで、同院では月2,3回のペースで受診。昼はデイケアを毎日通うようにしていていたが、1週間に1、2日通う程度で計画通りには進んでいなかった。

 平成27年に入り、デイケアも休みがちになり、人が集まる場、空間に歪みを感じたり、人と長時間接することが苦手となって、施設の個室に引き籠りがちになった。

現在に至っては、不眠と精神的不安定感を薬物療法で、度々薬の変更と増減量を変えたりした治療を行い一時期には改善されているが、疲労感、倦怠感、意欲低下は改善されていない。

また、改善傾向が見られるときは、デイケア、就労に行動意欲を見せるものの意欲的になればなるほど、体力の消耗、疲労回復力の低下が進行し、結果として妄想、幻覚症状も再起し、気力低下になり、振り出しに戻る状況が続いている。

更に、その都度の血圧、気圧の変化、季節等により体調の善し悪しが違うので、生活のリズムを整える事が難しく、通常の社会生活を送る事が出来ない状態が継続している。



●田中病院(平成28年3月18日~平成29年現月在日)

診察は、月2回と訪問看護を月2回を利用している。

延岡市の賃貸マンションを借り、一人で自炊しているが、偏った食事になるため実家にお世話になっていることも多い。今は比較的、体調は安定しているので無理のない程度でブログや執筆活動を行っている。


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