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「悪夢のような成年後見制度」役所を訴えた、ある娘の告白

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(Yahoo!ニュース「現代ビジネス」・10/13)

全国初の賠償請求訴訟へ

 政府が推進する成年後見制度を巡るトラブルが全国各地で続発する中、行政の申し立てで後見人をつけられた母親と、その娘2人が2017年10月中にも、地方自治体を相手取り、国家賠償請求訴訟を起こすことになった。成年後見制度に関する自治体相手の国賠訴訟は全国で初めてだ。

 訴えたのは三重県在住の母娘で、被告は桑名市(三重県・伊藤徳宇市長)ほか。

 原告の一人(次女)が提訴までの経緯を語ってくれた。

 「母と私は、実家で2人で暮らしていました。母には軽い認知症がありましたが、後見人をつけるほどではありませんでした。父は病気の治療の関係で、姉夫婦の家で暮らしています。

 母は、軽い認知症だと言っても、会話は普通にできるし、足腰も丈夫でした。もともと散歩をしたり、身体を動かすのが好きな人なので、私はできるだけ家の中では自由にさせていました」

 だが、足腰が丈夫とはいえ、高齢者に転倒はつきものだ。24時間ずっと付き切りでいるわけにもいかない。母親は、次女が目を離したすきに転んで、顔を打ったり手足に軽い打撲をしたり、擦り傷を負ったことがあった。

 また、重篤な寝たきり症状などではなかったが、次女が母親の世話に疲れてイライラしているときなどには、口喧嘩することもあったという。

 だが、高齢者を介護する家庭では、子供たちが「かつては自分の世話をしてくれる存在だった親が、高齢になって次第に自らの身の回りのこともできなくなる」という事態に接して、戸惑ったり、いらついたりして、つい口調が強くなるというのは、よく見られる光景だ。そこに認知症の症状が加われば、なおさらである。

 「ところが、桑名市の出先機関である包括支援センターの担当者らは、私が母を虐待したと決めつけたんです。そして、母がデイケア施設を訪問中に『一時保護』の名目で、私や姉、父に無断で、母をどこかに連れ去ってしまいました。

 その後、桑名市は、私たちが同意してないのに、津家庭裁判所の四日市支部に対して後見開始審判の申し立てをしてしまったのです」


専門医の鑑定をスキップする裁判所

 後見開始の申し立てについては、制度上たしかに、本人、家族などのほか、市町村長もこれを行うこともできる。ただし、後見を受ける本人(被後見人)が65歳以上で、本人の「福祉を図るため特に必要があると認められる」場合に限られている(老人福祉法第32条)。

 だが、同居している次女はもちろん、その他の家族にも何の断りもなく、母親の身柄を勝手に移して、後見開始審判を申し立てるというのは、ただならぬことだ。

 では、こうした市町村長からの後見開始審判の申し立てを受けると、家裁はどう対応するのか。家事事件手続法では第119条で、下記のように定めている。

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家事事件手続法
第二章 家事審判事件
第一節 成年後見に関する審判事件
<精神の状況に関する鑑定及び意見の聴取>
第百十九条 家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。
2 家庭裁判所は、成年被後見人の精神の状況につき医師の意見を聴かなければ、民法第十条の規定による後見開始の審判の取消しの審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。
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 つまり、本人の能力の程度について、精神鑑定や医師の診断書をもとに調査し、審判を下すことになっている。だが、これについては以前から問題点が指摘されている。

 家裁の審判に際しては、本人能力の調査が入念に行われる必要があるはずなのだが、現状では、非専門医の診断書だけで審判が下されるケースが多々あり、精神鑑定が行われないことが多いのである。

 いったい、どういうことなのか。

 実は、精神鑑定を行うためには、専門医による鑑定が必要だと定められている。これには費用と手間がかかることもあり、結局、省略されがちなのである。問題なのは、一般の医療機関で勤務する非専門医が『後見相当』などと診断した場合でも、専門医から見ると『そんな必要はない』というケースが多いことだ。

 成年後見制度に詳しい一般社団法人「後見の杜」代表・宮内康二氏(元東京大学医学系研究科特任助教)はこう話す。

 「そもそも、日本には認知症の専門家が極めて少なく、どの後見類型が適当かという判断が医師によって異なることが多いのです」

 「後見類型」とは、後見される本人(被後見人)の認知症の症状が重いほうから、「後見」「保佐」「補助」と3種類に分けられる成年後見のあり方だ。被後見人に対する影響力がもっとも大きいのが「後見人」で、不動産の売買契約から日用品の購入まで、財産権の一切を管理する。

 これに対して「保佐人」「補助人」は、比較的認知症の症状が軽い人につけられ、不動産売買のような、間違いがあっては困る重大な契約については、被後見人に代わって締結したり取り消したりできるが、日常的な買い物などには口出しできない。

 つまり、医師が「後見相当」と判断するか、「保佐相当」「補助相当」と判断するかによって、結果は大きく変わってくるのだ。だが、認知症の専門医が少ない中、その大事な判断に「ゆらぎ」があると宮内氏は指摘し、こう続ける。

 「後見診断の技術は確立されておらず、類型判断が医師によって異なることはしばしばです。

 認知症判断の基準として一般的な「長谷川式スケールテスト」の点数を目安にする傾向も見られますが、長谷川式は財産管理能力をとくに測定するために作られたものではなく、後見診断には不適切という見方もあります。

 ちなみに、長谷川式テストの質問には、野菜の数を記憶したりするものもありますが、こうした数の記憶能力と財産の管理能力に強い相関があることを示す科学的なデータもありません。

 さらに問題なのは、自治体や後見人候補の弁護士が診断医に「(保佐や補助ではなく、より重い)後見類型にして下さい」と依頼するケースが多いことです。

 後見類型にした方が本人の意思を無視できる、逆に言えば後見しやすいという供給サイドの思惑があるのです。そして、専門医による精神鑑定を飛ばしてしまう。こうして被後見人が、『政治的』に作り上げられることが少なくないのです」

 家事事件手続法の「明らかにその必要がないと認めるとき」という文言が拡大解釈され、行政や後見事業を手掛ける弁護士らの都合で利用されて、本来、行われるべき精神鑑定がスキップされてしまう。そんな理不尽が、現在の成年後見制度の仕組みのなかでは、まかり通っている現状があるというのだ。


そして母娘は役所との法廷闘争に

 実際、今回の桑名市のケースでも、津家裁は桑名市から医師の診断書の提出を受けただけで精神鑑定は行わず、後見開始の審判を下してしまった。その結果、それまでこの母娘とは何の縁もゆかりもなかった弁護士が「専門職後見人」として選任され、母親の財産権の一切を管理するようになった。

 この審判に母娘は強く反発。長女の名前で、ただちに即時抗告訴訟を起こした。

 後見開始の審判に対しては、審判の告知を受けた日から2週間以内なら、高等裁判所に即時抗告の訴えを起こすことができる(ただし、抗告の理由は「後見類型が適当でない」という点でしか認められず、「見も知らぬ弁護士が突然、後見人についたのは納得できない」という人事面の理由での抗告は認められていない)。

 母親と同居してきた次女は、即時抗告した家族の思いを、こう語った。

 「もともと母の認知症は軽度で、後見人をつける必要などないということが第一の理由ですが、もう一つ、成年後見制度のことを調べてみると、とんでもなく問題の多い制度だと分かって、このまま後見人がついていたら、取り返しのつかないことになるという危機感を持ちました」

 成年後見制度に関する情報を集めた姉妹は、どんな点を問題だと感じたのだろうか。次女に列挙してもらった。

 「たとえば、いったん弁護士後見人がついたら、母が死ぬまで後見人を辞めさせられず、その間、弁護士に報酬を取られつづけます。また、母の財産はすべて弁護士後見人が管理するので、本人と家族は後見人の許可なしにお金を使えない。

 後見人が母を施設に入れてしまったら、これは本来なら違法なことだそうですが、施設と示し合わせて、家族と会わせないようにすることすら、実際に行われているという。これは大変だと思い、即時抗告を名古屋高裁に起こしたんです」

判決:「その手続きは違法であった」
 抗告を受けた名古屋高裁はどう判断したか。

 桑名市は母親が過去に医療機関で「後見相当」の診断を受けたことがある点を挙げ、津家裁は正式な精神鑑定を行わないまま、診断書をもって後見開始を容認していた。

 だが名古屋高裁は2017年1月10日、この津家裁の審判を退ける判決を下した。重要な判決なので、以下、判決文を引用する。

 <後見開始の審判をすることができるのは、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者についてである>
<そして、後見開始の審判をするには、手続上、明らかにその必要がないと認めるとき以外は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定しなければならないところ、原審は、本人の精神状況につき鑑定を経ずして後見開始の審判をした>

 名古屋高裁は、津家裁が審理の過程で調査した母親のかかり付け医師らの診断書の内容を再検証し、その結果、<診断書では、自分の意思を伝えられるとされている>ことを指摘。

 また診断書に記載されていた、認知症判断の基準となる「長谷川式スケールテスト」の数値について、<高度の認知症を示すものとまではいえない>と家裁と異なる判断を下した。

 さらに決め手となったのが、2016年11月に長女と父親が母親と面会した際の、母親との会話を文章に起こしたもの。これを証拠として提出したところ、名古屋高裁は、

 <(母親は)提示された写真に写された親族を認識し、約30分にわたって抗告人(注・長女のこと)との対話が一応成立していることがうかがわれ、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあることについて、明らかに鑑定をする必要がないとは認められない>

 と判断したのだ。そして、

 <本人の精神状況につき鑑定を経ずして後見開始の審判をした原審は、その手続きに違法があるというべきであるから、取り消しを免れない>

 として、審判を津家裁に差し戻した。前出の宮内氏は、こう評価する。

 「今回の高裁の判断自体は、教科書通りではあります。被後見人である母親が、『事理を弁識する常態にない』というのは、『いつも何もできない状態とはいえない』という意味で、まさに現実に則した判断なのです。

 一方で、こうしたロジックによって家裁の審判が覆されることは異例と言えます。この判決は、今後の成年後見制度の運用にはもちろん、すでに全国で行われた数十万件にものぼる家裁の類型審判の見直しにも、大きな影響を与えるでしょう」


敗訴してもなお、執拗に迫る市役所

 ところが驚くべきことに、この名古屋高裁の判決を受けても、母娘の苦難は終わらなかった。母娘は、申立人である桑名市に後見申請を取り下げてほしいと何度も交渉したが、桑名市は後見にこだわり続け、津家裁があらためて母親への精神鑑定を強行するに至ったのだ。

 2017年5月に行われた精神鑑定の結果は、「後見不要」。

 次女はその後の医師との会話をはっきりと覚えていると話す。

 「鑑定結果は『補助相当』でした。鑑定した先生にあとでお話をうかがいましたが、『お母さんに後見をつける理由がわからない』とおっしゃっていました」

 認知症の程度が重い人につけられる「後見人」とは異なり、「補助人」については、成年後見制度を利用して自分につけるかどうかは、被後見人つまり本人の同意が必要だと法律に明記されている(民法第17条)。補助相当との診断が出た場合でも、本人が「後見制度は使いたくない。補助人もいらない」と断れば、つくことはない。

 本来、成年後見制度では、本人意思が第一に尊重される。このことは、声を大にして強調しておきたい。

 後見類型で分ければ、「後見」の場合は家裁の職権で後見人をつけることができるが、判断能力が相当程度あると認められる「補助」類型の場合は、本人が「いらない」と拒めば、後見制度を利用しなくてもよいわけだ。

 ところが、である。

 桑名市は、事ここに至ってもなお、後見制度の利用に固執した。母娘の意思を無視して、今度は「後見人」ではなく「補助人」をつけるよう家裁に申請を出し直したのである。

 だが、母親自身が「補助もいらない」と言っている以上、そんな押しつけが通るはずもない。桑名市がようやく、後見制度の利用を押しつけることを断念したのは、2017年7月になってからだった。2016年9月初めに、母親が突然、連れ去られ、一時保護をされてから10ヵ月近くが経過していた。


「悪夢から身を守れたのは、ただ幸運だったから」

 その苦難の10ヵ月を振り返り、次女は「私たち家族にとっては地獄の日々でした。母親の施設費用や裁判費用など、出費もかさみました」と話し、さらにこう続けた。

 「桑名市の対応について、他の自治体の方にお話を聞いたところ『一時保護の仕方を含めて、異常な介入だ』と驚いていました。虐待認定や成年後見制度の運用の仕方は自治体ごとにバラバラなようです。それでも、自治体が強権を発動したら、市民にはなかなか抵抗することができません。

 今回は幸い、私たち母娘はかろうじて、悪夢のような成年後見制度から身を守ることができました。でも、それは本当に幸運だったからとしかいいようがない。自治体や家裁、専門職後見人らの横暴から市民を守るためには、やはり制度を監視する、第三者機関を作ることが欠かせないと思います」

 認知症のお年寄りの暮らしと財産を守るという、本来の趣旨から大きく逸脱し、かえって本人や家族の幸せを踏みにじるような結果を生むなど、さまざまな問題が指摘されている現行の成年後見制度。

 今回の問題を受け、母娘はこの10月にも国賠訴訟を起こすわけだが、この訴訟は、いわゆる社会的弱者である認知症の家族を抱えた人々に、不合理な制度運用をごり押しして不幸の上塗りをするような、行政、司法と利権に群がる弁護士ら専門職後見人に対する、市民の心からの抗議でもあると言っていいだろう。

 今後の展開次第では、誤診によって「後見相当」という診断書を発行した医師の責任も追及されることになる可能性がある。

 本ルポでは、事件の大きな構図や経緯をお伝えしたが、このケースで市役所や専門職後見人が行った仕打ちの数々や裁判の詳細な経過については、次回にご紹介したい。

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※ちなみに、後見開始審判に際しての精神鑑定のあり方について、家裁を統括し、成年後見制度の利用促進をはかっている最高裁判所事務総局家庭局は、精神鑑定を行う医師に向けた手引書である「成年後見制度における鑑定書作成の手引き」(http://www.courts.go.jp/vcms_lf/30475001.pdf)に、次のように記述している。

第2 鑑定書作成上の留意事項
1 成年後見制度における鑑定
家庭裁判所は、後見及び保佐開始の審判をするには、本人の精神の状況について医師その他適当な者に鑑定をさせなければならないとされていますが、明らかに鑑定の必要がないと認めるときはこの限りではありません。(中略)
本人の能力の判定が慎重に行われるべきであることはいうまでもありませんが、一方で、我が国の社会が近年急速に高齢化している中で、利用しやすい制度として作られている現行の成年後見制度を運用するに当たっては、鑑定に要する時間や費用をこれまでよりも少ないものにして、手続をより利用しやすくすることが求められています。その意味で、成年後見制度の鑑定は、能力判定の資料としての重要性と制度の利用者の立場の双方に配慮したものであって、簡にして要を得たものであることが期待されています。記事文中でも述べたように、後見審判に際して精神鑑定を行うべきと定められた主体は、家裁である。では、「鑑定に要する時間や費用をこれまでよりも少ないものにして、手続をより利用しやすくする」というのは、誰が、どう利用しやすくするという意味なのか。少なくとも、ひと一人の財産権を全面的に他人に委ねるかどうかという、非常に重い判断を行う司法サイドが「これは確かに大事な鑑定だが、まあ、手っ取り早くやってくださいね」などと呼びかけるべき問題でないことだけは、確かであろう。
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長谷川 学

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