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10回転職した男が語る「障害者福祉」の深い闇

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(Yahoo!ニュース「東洋経済ONLINE」・09/04)

 知的障害者福祉施設の事務員、食品工場のパート、ホテルのフロント係、精神・身体的障害者福祉施設の支援員、老人ホームの相談員――。

 2017年夏、関西在住の男性、Aさん(46歳)と喫茶店で面会した際に見せてもらった履歴書の職歴欄は、1ページに収まりきらないほどのボリュームだった。これまで転々としてきた職場の数を数えてみると、障害者福祉施設を中心に、11カ所にも及ぶ。

■「転職10回」に見た社会福祉施設の過酷な現状

 日頃は保育のブラック化など保育園の問題を取材している筆者だが、今回、Aさんの“転職人生”の話を伺ううちに、障害者福祉施設などの社会福祉業界全体に、保育園とも共通する職場環境の不備があることを改めて強く認識した。そこで、今回はAさんが転職の度に直面してきた福祉業界の過酷な現状を、リポートしてみたい。

 Aさんは、とある有名大学への在学中、双極性障害(いわゆる躁うつ病)を発症した。新卒で4年間営業の仕事に就いたあとにも、半年ほど病気の治療施設に通った。

 症状が落ち着いたAさんは、2004年から工場に就職したが、次第に自らがお世話になった障害者福祉施設での仕事に関心を持つようになる。そして、2005年からは自ら利用していた施設(I社とする)のパート事務職員となった。

 この施設で働いている期間、Aさんは、障害者福祉のために精力的に動き始める。障害者に関する全国大会の運営ボランティア、NPO団体の設立など、次々と活動の幅を広げていった。振り返って考えると、Aさんが理不尽な思いをせずに働くことができたのは、ここにいた間だけだ。

 2009年、生まれ故郷に帰ってきたAさんは、とある社会福祉法人の障害者福祉施設(K社とする)で、常勤の支援員として働き始める。が、働き始めてそう経たないうちに、同施設の異常な実態を目の当たりにすることに。

 施設では、職員が利用者に対して大声で怒鳴る、命令する、たたく、といった虐待行為が横行していたのだ。仰天したAさんは、職場の同士たちとともに経営者に意見し、同施設を管轄する自治体にも訴えた。

 Aさんら職員からの通報後、行政はすぐさまK社へ聞き取り調査に入ったものの、不思議と簡単な指導にとどまり、虐待をした職員らが処分されることもなかった。ただ、Aさんが自治体に通報したことは経営陣に筒抜けになっており、親身になって話を聞いてくれていた自治体の担当部署の職員たちは、年度末のタイミングでメンバーが総入れ替えになった。

 「上から、何らかの圧力があったとしか思えない」とAさんは唇をかむ。そして、施設内での犯人捜しが厳しくなった2012年、AさんはK社を去った。

■超過酷! 月曜日朝から火曜日の夜までの連続勤務

 次に就職したのは、知的障害者の地域移行(入所施設から地域生活へ移行すること)を進める社会福祉法人(S社とする)。ここでは、利用者の支援業務に従事することになった。

 ところが、就職時に双極性障害があることを伝えていたにもかかわらず、彼に課された勤務シフトはあまりに過酷だった。毎週月曜日の朝から日勤で働いたうえで、夜勤、そのまま続けて火曜日の夜まで日勤で働いた。火曜の夜には帰宅できたが、水曜から金曜までは休みなく日勤が続く。こうした働き方によって、1カ月の労働時間は250時間を超えることもあった。労働基準法の「1カ月単位の変形労働時間制」を敷いていたとしても、70時間以上の超過勤務になる。超過した分の手当など出ない。こうして、ここで働く職員の多くは半年から1年で退職していくのが通例となっていた。

 Aさんは、この勤務体制に1年間耐え続けたが、やがて日曜日の夜になると心臓がバクバクし、息苦しくなるといった症状が出るように。双極性障害がさらに悪化していったのだ。

 そこで、上司に「夜勤を減らしてほしい」と相談したところ、会社からの回答は「あなたにしてもらう仕事はもうないです」というものだった。退職が頭をよぎったが、住宅ローンの返済があるために、今辞めるわけにはいかなかった。

 そこで働き続けることを伝えたところ、正社員からパートに格下げになった。パート勤務となったAさんは、やりたかった支援業務からも外され、午前中は厨房に配置、午後は16時まで事務職という変則的な勤務を命じられることになった。「障害者支援の施設にもかかわらず、障害がある自分へのこの仕打ちはあまりにひどい」――。そう思ったAさんは、最終的に退職を決断することになった。

 S社在職中、過酷な日々の中でもAさんは社会福祉士の資格を取得していた。そこで、2014年からは資格が生かせる有料老人ホーム(T社とする)の相談員として働き始めた。

 が、ここもAさんの安住の地ではなかった。「高齢者支援は未経験」と伝えたにもかかわらず、何の研修も指導もなく現場に放り込まれ、1カ月経つと「君は相談員として雇えない」と突然告げられた。

 そこで再び転職活動を始めることになり、念願の相談員の職にありついたが、転職の回数が多いことを上司にたびたびなじられ、人事担当者に相談した結果、なぜかAさんのほうが退職届を出すことを求められた。

 こうしてT社を去ることになったAさんは、2016年にある障害者施設(N社)に雇われた。ここで、Aさんはこれまで経験してきたのとは比べものにならない、地獄のような日々を送ることになる。

 ある日、利用者の1人がてんかんの発作を起こして頭を打ち、流血の騒ぎとなった。すると、それを見た理事長は、駆け寄るどころか、面白がってスマホで写真を撮り、ほかの利用者にそれを転送したのだ。あまりのことにあぜんとしたAさんだが、理事長と一部の職員が日常的に利用者への肉体的・精神的虐待を行い、さらには20~21時まで無給で働かせていることも明らかになった。

 耐えきれず、Aさんは自治体に対する内部告発を行った。すると、数カ月後に法人内の別施設への異動が告げられた。その施設へ出勤すると、サービス管理責任者からは「あなたは障害者手帳を持っていますか」と質問されたという。そこでAさんが正直に「持っていますよ」と答えたところ、「この施設では、手帳を持っている人は職員として雇えない」と告げられた。加えて、理事長からも「職員ではなく障害者として利用者になれ」と追い詰められたAさんはまたもや退職を選ぶ。

■9300万円の補助金返還、施設認定も取り消し

 ただ、N社が野放しにされなかったことが不幸中の幸いだった。Aさんの退職と軌を一にして、N社には自治体からの特別監査が入り、補助金の不正請求や虐待の事実が明るみに出た。N社は、障害者向け就労支援のサービスを提供したように見せかけて、複数の自治体に対して巨額の補助金を不正に請求していたのだ。

 結局、自治体側は合計およそ9300万円の補助金の返還を求めるとともに、一部財産の差し押さえを強行した。続いて、2016年12月末には障害者施設の認定が取り消された。自治体側は、現在もなお詐欺容疑での刑事告訴を検討している状況だ。

 なお、N社の理事長は、2002年にもホームヘルパーなどを養成する学校を運営し、講師の資格を満たさない教員に講座全体の7割近くを担当させていたとして、逮捕された過去を持つ人物である。理事長はこの事件で刑務所に入ったが、出所後にN社の経営者になった。なぜN社は認可されたのか。筆者が自治体に問い合わせたところ、「(理事長の逮捕歴は)施設の認可をするうえで判断基準となる、『障害者総合支援法』の欠格事項に該当するものではなかった」という回答があった。

 その後もAさんはさまざまな職を転々としたが、2017年に知人のつてで障害者の就労継続支援をする株式会社(H社)に一般職員として入社した。

 ところが、Aさんに突きつけられた労働条件は「年間休日79日」という厳しいものだった。労働基準法に規定された1年間の労働時間の限度は2085時間である。一日8時間よりも短い拘束時間で働く条件であれば、年間休日79日でも違法ではない。しかし、Aさんは毎週、法定勤務時間以上の残業を課された。しかも、その分の手当はない。

 この条件で待遇も悪ければ、当然人は集まらない。実際、提供するサービスの管理責任者が雇用できず、責任者としての条件を満たしていない社長の妻が、経歴を詐称して就いていた。また、働いているうちに補助金の不正受給なども明らかになった。

 Aさんはまたも自治体に内部告発を行ったうえで、未払いの時間外手当を請求して退職。現在も、転職活動を続けており、社会福祉施設も選択肢の中にあるという。

 ここまで、証言に基づいてAさんが働いてきた障害者福祉施設の様子をお伝えしてきた。中には、「転職先がたまたま悪質な施設ばかりだったのではないか」「一方的な見解だ」「すぐに転職してしまうAさんにも問題がある」というご批判もあるだろう。ただ、筆者はAさんの職務遍歴の中に社会福祉業界の闇が凝縮されているように思えてならない。そして、Aさんの置かれた労働環境がことごとく過酷なのは、決して「たまたま」ではないと考えている。


 単刀直入に言えば、社会福祉業界全般に、深刻なコンプライアンス上の問題があるのだ。社会福祉のことを第一に考え、まじめに運営する経営者も多く存在するが、いざ不正に手を染めようと思ったら、抜け道はいくらでもある。書類上整っていさえすれば、自治体の監査はスルーできることが珍しくないからだ。Aさんによれば、H社の経営者夫婦も、ことあるごとに「市にはわかんないから」と発言していたという。そして、こうした不正が起こる原因を突き詰めていくと、まともに経営すると事業として儲からない、という点に行き着く。

■「経営者はめちゃくちゃでも、現場にはやりがい」

 社会福祉業界で働き続けるのはいったいなぜなのだろうか。Aさんはこう語った。

 「自分自身が障害のある身なので、同じく障害を持のある人を支援したいという思いはあります。資格を生かせるのもこの業界。経営者がめちゃくちゃでも、現場はやりがいがあって、職員たちの善意にも救われてきました。……加えて、病気があって年齢を重ねてからの転職となると、医療か福祉関係の仕事しかない、という現実もあります」

 現在、社会福祉の現場はどこも深刻な人手不足に悩まされている。その原因の1つとして、職員の高い離職率がある。少し古いデータだが、福祉分野の離職率は16.3%で、全産業平均(14.4%)よりも高く、さらに離職者の勤続期間を見ると、6カ月未満が21.1%で、10年以上勤務しての離職はわずか9.3%である(厚生労働省「福祉分野の雇用動向について」2013年)。

 職員のやむにやまれぬ事情や善意のうえにあぐらをかき、使い捨てるような社会福祉施設が跋扈(ばっこ)し続けるかぎり、この人手不足が根本的に解決される日は遠いだろう。

大川 えみる :保育ライター


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